◆ 山口の巻 〜その4〜


湯田温泉で東京の蕎麦を食らう?

 東場でメンホンの四暗刻を決めるなどし、弘中栄司の圧勝で終わった第18回麻雀最強戦・山口予選の決勝。3回目の予選挑戦でようやく西日本大会への切符を手にした弘中、特設サイトに掲載するための写真も無事撮影でき、運営と取材の仕事も滞りなく終えることができた僕は、その後何回かオープン戦に興じたあと、日が暮れるのを待ってお店をあとにした。いうまでもなく、ここからが旅先でのお楽しみタイムの始まりである。
 今回の山口出張が決まるや、僕は東京を出る前から山口の「ウマいもの」についての調査に着手した。山口といえば、やはり代表的なものは下関のフグか(地元では「フク」と呼ぶようだ)。しかし、いくら本場とはいえ、フグを心ゆくまで堪能するのは贅沢が過ぎるし、そもそも「芸」というものがないのではないだろうか。例えば、僕は大阪生まれの大阪育ちだが、大阪といえばお好み焼きタコ焼きというのが定番になっていることに、実のところ地元出身の「メイティブ・オーサカン」としては抵抗を感じている部分もある。要するに「○○の一つ覚え」みたいに言われるのが面白くないのだ。
 確かに、お好み焼きやタコ焼きに対するプライドやこだわり、さらにはリスペクトといった感覚・感情があるのは間違いない。大げさに言えば、いわば「大阪人の矜持」といったところかもしれない。大阪人にとってお好み焼きやタコ焼きは決して「主食」というわけではないが、日本じゅう探したって大阪の本格的なタコ焼きに勝る味のものにはお目にかかれないだろうとは思うし、何も知らない東京の人間に目の前で似たようなものを焼かれて、「ハイ、お好み焼きです」といわれて不愉快になったこともある(ところでこれは余談だが、関西ではどの家庭にもまず間違いなく「タコ焼き器」がある。これについて、東京で「ホントにそうなの?」と訊かれて、「そやで」と答えると、マジで驚いたような表情をされる。これって、そんなに驚くべきことなのだろうか?)。
 しかし、だからといって「大阪=タコ焼き」と判で押されたように断じられるのはどうかと思うのだ。仙台には牛タン、鳥取にはナシ以外に地元のウマいものはないのか? 決してそんなことはないはずだ。そう決めつけてしまってはその土地の人に対して失礼だし、だいいち旅の楽しみが半減するような気がしてならないのだ。パリに行って凱旋門エッフェル塔だけ見て喜んでいるようでは、玄人の旅人とは呼べないだろう。

 毎度の悪癖で少々前置きが長くなってしまったが、そういったわけで僕が調査の段階で山口入りする前から目をつけていたのが「長州生蕎麦東京庵(ちょうしゅうきそばとうきょうあん)」というお蕎麦屋さん。最初は、蕎麦といえば東京というわけで、東京の蕎麦を山口の人にも食べてもらおうという趣旨の店かと思ったのだが、よくよく調べてみるとそれがどうやら事情はそんなに単純なものではないことがわかってきた。
 実は山口は全国でも有数の蕎麦の名産地で、 幕末の志士たちも蕎麦をすすりながら我が国の将来について夜ごと語り合ったのだとか。では、なぜ「東京庵」なのかというと、東京・神田で蕎麦職人として働いていた山口出身のこのお店の創始者が、1924年(大正12年)の関東大震災で当時いた店が崩壊し、仕方なく郷里に戻ったのを機にこの地で開業したとのこと。きっと、東京での初心と世話になった人たちへの感謝の気持ちをいつまでも忘れないようにという思いから思いついたネーミングなのだろう。このお店の創業は震災の翌年の1925年だから、かれこれもう80年以上の歴史を持つ老舗。現在のご主人は二代目だそうだ。
  調査の段階でひときわ僕が食指を動かされたのが「そば寿司」 。読んで字のごとく、蕎麦を酢メシに見立てて海苔巻きにした一品。山口の蕎麦は日本一ウマいと聞いていたので、一体どんなものなのか、開店前からお店の前でワクワクしながら待機し、灯りがともるや否やいの一番にノレンをくぐったのだった。

歴代の内閣総理大臣に囲まれながらすする蕎麦の味

 席につくなり、まずは予定どおり「そば寿司」を注文する僕。ただし、それ以上は知ったかぶりは禁物だ。お店の人にオススメを尋ね、いろいろと説明を受ける。観光地ということもあってか、お店の人も慣れたもの。それでも、まだ客が僕だけとはいえ、とても丁寧にあれこれと教えてくれるところがうれしい。東京の無愛想なお運びさんにもちょっとは見習ってもらいたいものだ。
 ということで、今回僕が注文したのは、「そば寿司」と「釜あげそば」。ビールグラスを傾けながらご馳走が運ばれてくるのを楽しみに待っていると、さすが山口、店内に伊藤博文・初代首相以下、山口県出身の歴代の内閣総理大臣の肖像がかかっているのを発見した(下の写真を見て、右から全部名前が言えたら相当なもんです)。なるほど、これから僕はこれらの首相たちに囲まれながらそばをすするのか…と妙に悦にいっていると、ありゃまぁ、そういやこの一番左の人はちょっと元気がないなと気付いた。それもそのはず、実は最も直近の人物が安倍晋三・前総理。実はこの取材の直前に、安倍前総理は大バッシングの中、辞意を表明し、何とタイミングの悪いことにこの日はその直後だったのだ。そのことについてお店の人に話しかけると、やはりというべきか非常に残念そうだった。そうだろうな、やっぱり地元出身のエラい人はみんな応援してるんだよ。
 しかし、正直政治にはさほど関心のない僕も、アベさんの辞任にはがっかりした。何だかんだ言っても、途中で辞めたらアカンやろ。しかも、一国の主だぜ。アベさん、支持してくれる山口の人のためにも捲土重来を期してがんばらんと、偉大な先達たちに顔向けできんよと、額縁の中のアベさんに向かって檄を飛ばす僕であった。

 そうこうするうちに、お、できたできた、運ばれてきたよ。おお、これはまぎれもなく蕎麦でできた寿司だ。早速ひと口ほおばってみると、これが実にコシがきいた確かな歯ごたえ。山口の蕎麦粉はコシが強いと聞いていたが、これほどコシの強い蕎麦もそうないだろう。写真でもおわかりのとおり、蕎麦そのものも非常に太く、それでいて崩れたりすることなく、びっしりと海苔巻きの中に納まっているのだ。
  肝心の味の方も美味そのもの。釜揚げのほうもそうだが、特に感動したのがその香りのよさ。よく蕎麦は「味ではなく香りを愛でながらいただくもの」だというが、ここの蕎麦を食べるとそれがよくわかる。ほんのりとした甘さを含んだ上品な匂いが贅沢な食感と相まって、口の中に広がる。食いしん坊にとって至福の瞬間だ。
 自他共に認める大食漢の僕だが、これだけの量をいただいてはさすがに満腹。それも、ホントに美味しいものでお腹がいっぱいになることなどそうできる経験ではなく、大満足の夕食となった。
 残念だが、明日の昼すぎにはもうここを去らねばならない。貧乏暇ナシとはよくいったもので慌しいことこの上ないが、実はその前に絶対に寄らねばならないところがここ山口にはある。 寝坊でもしてしまっては一大事。これから温泉街をぶらり呑み歩きでもしたいところだが、そのために僕は我慢して早々に宿に引き揚げることにしたのだった。


 (その5につづく)






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第1話
博多の巻
その1
その2
その3

第2話
熊本の巻
その1
その2
その3
その4

第3話
山口の巻
その1
その2
その3
その4