平成の浦島太郎…名残り尽きぬ「竜宮城」の夜
足早に人並みをかき分けて先へ急ぐタイガーさんのあとを必死に追いながら、到着したのは非常にシックなビルにある、とあるクラブ「R」。熊本は、九州一円はもとより、年がら年じゅう日本中を駆け回っているタイガーさんの準・地元。そんなタイガーさんの贔屓のお店と聞き、さっきの馬肉料理のお店のグレードを思い知らせされていただけに、ますます期待が募る。
招かれたテーブルにずらり集ったのは、熊本じゅうから集めたのではないかと思われるほどの美女たち。火の国だけあって、まさに火が出そうなあでやかさだ(普段あまりこういったところには来ない僕は、すでに舞い上がってしまい、意味不明?)。
何人かの美女たちが入れ代わり立ち代わりに僕の隣にやってきて、しばらく談笑しては、また別のテーブルに移っていく。年甲斐もなく緊張して場を盛り上げることもできず、いたずらに時間を過ごしていた僕だったが、席に着いて30分ほどした頃に「いらっしゃいませ」と声をかけられた女性にえもいわれぬ強烈なインスピレーションを感じる。あの松田聖子が「ビビッときた」と表現したのは、こんな感覚だったのかもしれない。
福岡出身というその女性の名は「雅(みやび)」。女優のように際立った顔立ちをしているわけでもなければ、モデルを思わせるような容姿端麗でもない。しかし、今日この場で初めて出会ったとは思えないほどの親近感と安心感、これがいわゆる「癒し系」なのか。
それから「平成の浦島太郎」となった僕は、現代の乙姫様と時間の経つのも忘れて楽しく甘美なひとときを過ごした。仕事のこと、郷里の話、子供の頃の思い出――なぜ初めて話す女性にこれほど自分をさらけ出すことができるのかと思うほど、いろんなことを話し、そして彼女からも聞いた。
「そろそろ行こうか。申し訳ないんやが、私、次のアポもあるんよ」。タイガーさんの例の野太い声でふと我に返った。ああ、そうか、ここは竜宮城でも何でもなく、僕は単に仕事で熊本に出張で来ているだけだったんだ。
帰り支度を済ませ、たくさんの美女たちの別れの挨拶を受けながらそっと振り返ると、その群れの中に彼女もいた。勘違いだと思われようが何だろうが、その瞳にが心なしか潤んでいるように見えたのは、いつになく回ってきた酔いのせいで視界がボヤけていただけなのか、それとも……?
達成感に「汗謝」しながら熊本城をあとにする
玉手箱を開けることもなく、現実の世界に戻った僕。あれからすぐにホテルのベッドで眠りについたらしく、気がつくとゆうべの格好のままだ。慌てて時計を確認すると、まだ早朝の6時。どうやら痛飲のせいでノドが乾き、深酒したわりには早く目が覚めてしまったようだ。
熊本を出立する予定時刻は正午過ぎ。それまでに、最後の取材を終えなければならないことを思い出した。酔いにまかせて寝過ごさなかったことに安心しながら、(いつもこれで失敗してるんだよな)と反省。昨日のうちに購入しておいた熊本産のミネラルウォーターを冷蔵庫から取り出すや一気に飲み干し、ふと息をつく。それにしても、米や酒だけでなく、熊本は本当に水もウマい。阿蘇を源流に持つ美しい川の数々がもたらしてくれるこの自然の賜物とそれを守り続けている人たちに、我々はやはり感謝しなければならないだろう。
そんなことを考えながら、僕はシャワーを浴びて、少し早めのチェックアウトの準備にとりかかった。 「最後の取材」、それは、熊本城を訪れることだった。熊本編その1でも触れたように、熊本城は07年に築城400年を迎えた日本三名城のうちの一つ(残りは名古屋城・大阪城)である。築城したのは「虎退治」で有名な加藤清正。1607年(慶長17年)のことだった。清正は城の完成に伴って、この地の名称をそれまでの「隈本(くまもと)」から現在の「熊本」に変えたのだった。
さて、意気揚々と熊本城を目指してホテルを出たはいいが、何しろ季節は真夏。そもそも城というものは非常に面積が大きい上に登り坂や階段が多いため、城巡りはとにかく体力勝負なのだが、折からの運動不足にこの醜く肥大したこの体型。いざ、名城の威容を前にして、期待よりも不安が募ってくる。
当日は、右上の写真からもわかるように雲の多い日だったが、それでもぬぐってもぬぐっても汗の溢れ出てくるのが止まらない。そりゃそうか、日が少々照っていないぐらいで、今は真夏なんだから当たり前だわなと思いながら、入り口の管理人のオジサンに観覧料を支払う段階でもう全身頭から水を浴びたようにビショ濡れ。
それでも、熊本に来たからにはこれを拝まずして帰れるわけないと、自分を叱咤しながら何とか天守閣を目指す。さすが名城といわれるだけあって実に壮大な城で、事前に調べて知識として取り入れてはいたが、「武者返し」と呼ばれる美しい曲線を描いた曲線の素晴らしさは実に見事なものだ。
そして、入城して30分ほど経ったころ、ついに天守閣前に到着。改めてその荘厳さに息を飲む。何ともいえない達成感のような感動が、僕の胸の中でいっぱいになる。この後、11月から補修工事が始まれば、天守閣からの眺望ができなくなるらしく、時期的にもラッキーだった。ここからまた最上階まで登るという一仕事を終え、熊本の町や遠く阿蘇山を撮影したのが下の写真だ。今から400年前、家臣や領民にこよなく慕われたという清正公(せいしょうこう)もこうやって城下を見下ろしながら、この素晴らしい町の経営に思いを馳せたのだろうか。

ひとしきり名城からの雄大な眺めを堪能した僕だったが、ふと気づいてみると、熊本発の列車の発車時刻が近づきつつあった。思えば、東京を経ってからまだ2日と数時間しか経っていないのに、僕の心はもう九州に根付いてしまったかのようだ。熊本駅を出る時が、その玉手箱を開けてしまう瞬間になるのだろう――そう思いながら、祖父の出身地でもあるこの熊本をあとにするべく、僕は駅へと急いだのだった。
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