火の国・熊本の意外な名物を見て回る
博多駅発11:30の「特急リレーつばめ43号」に乗り込んだ僕は、しばらくの間ぼんやりと外の景色を眺めていた。九州随一の大都会・福岡だが、鹿児島本線を南に向う列車はあっという間に郊外に抜け、車窓にはのどかな風景が広がっていた。しばらくしてつばめ号は県境を越えて熊本県内に入り、荒尾に差し掛かる頃に目の前に広がったのが有明海。あの珍魚・ムツゴロウが生息することや、「不知火」が発生することなどで有名な九州最大の湾だ。
有明海には、古く江戸時代から干拓事業が進められてきた歴史があり、現在も生態系を著しく損ねてしまう干拓には反対の声も多く、その今後が注目されている。
列車はいくつかの駅に停車し、ほどなく熊本駅に到着。そして、次の取材先である「ブルードラゴン熊本店」を訪れるのが、ここ熊本に降り立った目的である。
熊本駅の駅舎を出て、思わずクラクラする。とにかく暑い、そして何より日差しがめちゃくちゃキツいのだ。「火の国・熊本」というキャッチフレーズはつとに有名だが、この「ヒ」というのはお日様の「ヒ」でもあるのではないか、そう思わされるほど太陽光線が厳しい。この出張は8月6日のこと、実は東京ではこの直前までは真夏にも関わらずさほど暑くない日が続いていたため、よけいに暑さが激しく感じられる。猛暑で知られる熊本だが、これほどとは……。体型のせいもあるが、暑さに弱い体質だけに脳裏に不安が過ぎる。
とりあえず駅の売店に引き返し、アイスキャンディに飛びついて束の間の涼をとる。ようやく生き返ったところで「ブルードラゴン熊本店」のある「新市街」という熊本一の繁華街の所在地を確認。お店まではタクシーに乗ればすぐにでも到着するのはわかっているが、それでは芸がないというもの。今回利用するのは、大正時代の1924年の開通以来、紆余曲折を経ながらもずっと熊本市民の足として活躍している市電(熊本市交通局)だ。
その市電だが、JR熊本駅の正面にある乗り場に向う時にその何とも奇抜なデザインと色に思わず仰天させられた(写真右)。よく車体を見てみると「熊本城築城400年祭」、「火の国まつり」などと書かれている。なるほど、今年は肥後熊本藩初代藩主・加藤清正が熊本城(後述)を築いて400年目の記念の年。そのキャンペーン活動の一端を担っているというわけだ。それにしてもこのド派手なコスチューム、聞いたところでは、どうやら熊本では市電だけでなく市バスにもさまざまなカラーリングが施されており、これも「売り」の一つなのだろう。
市電に乗り込んだ僕は、どこか懐かしい揺れにノスタルジーを感じながら、やがて到着した目的の駅で降りた。ただし、それは、お店の最寄り駅「辛島町」ではなく、そのやや手前の「呉服町」という電停。実は、今回の取材に際していろいろと調べているうちに、僕は意外な熊本の名物を発見していたのだ。それは何かというと、「橋」なのである。
熊本といえば、どうしても熊本城や水前寺公園、さらには阿蘇山といった著名な観光名所にスポットが当てられがちだが、実はその阿蘇に源流を持ち、熊本市内を悠々と流れる白川が実に美しい河川で、そのおかげで熊本は非常においしい米の名産地であるということを知ったのである。
川があってそこに人が住めば、当然橋が作られる。そう、熊本市内には非常に多くの橋が架けられており、中には歴史のある芸術的なものも少なくないという。そんな橋の数々をぜひこの機会に拝見させてもらおうというわけだ。
呉服町で市電を降り、地図を頼りにしばらく歩くと、「明八橋」という白川の亜流である坪井川という川に架かっている古い石橋が見つかった(写真右)。稀代の名工と呼ばれた橋本勘五郎という石工の手によるこの明八橋の名前の由来は、建造されたのが明治8年だから。熊本の人たちはこういった橋を非常に大切にしており、この明八橋も乗用車の通行は禁止されている。
熊本の橋の命名には同じようなパターンのものが他にもあり、明治10年にできた同じ石橋の「明十橋」、さらに遡って慶長6年に加藤清正によって架けられた「長六橋」(現在、熊本市内で最も交通量の多い橋。もちろん今では石橋ではない)といった具合だ。その歴史と伝統の重みが現代にも伝わる粋なネーミングではないか。
さて、これまでにあまり経験したことのない「橋めぐり」もひと段落ついた。熊本城を訪れるのは明日の予定だし、そろそろ取材にお邪魔する約束の時間も近づいてきたので、いよいよ「ブルードラゴン熊本店」を目指すことにする。地図で場所を再確認し、僕は新市街へ向けて歩き出した。
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