◆ 博多の巻 〜その3〜


本場のラーメン、そして伝説のあの逸品を求めて


 戦いすんで日が暮れて……大会が終わると、ジラフ中村プロが「せっかくですから、博多でしか食べられない本場のラーメンをご馳走しましょう」と誘ってくださった。断る理由などあろうはずがない、もともとそれが目的で東京くんだりからやって来たんやから…などとはもちろん言えるはずもないが、喜んでお供をする。タクシーに乗り込んで数分、到着したのはいかにも老舗を思わせる佇まいの「元祖長浜屋」。
 博多といえばラーメンというほど、博多のラーメンは全国にその名を轟かせている。調べてみると、特に県外の人間にとってはいつの間にやら「博多ラーメン」と「長浜ラーメン」には区別がなくなったようになってしまっているが、実はこの両者は厳密には別物という説もあるようだ。
 それはともかく、1952年の開業以来半世紀以上に渡ってずっと同じ味を守り続ける「元祖」は、数ある長浜ラーメン屋でも「最も純粋に本場のトンコツラーメンを味わえる店」として、今でも随一の人気を誇っているという。
 店内に入ると真っ先に目がいくのがメニュー。ビール・酒・焼酎といった飲み物以外は「トンコツラーメン」しかないのだ。つまり、この店における「オーダー」とは「何を注文するか」ではなく、「麺の固さはどれ(やわ・ふつう・かた・なま)か」というわけだ。餃子を食いたい人間などここにはいないのである。
 すぐに、独特の細い麺をほどよく煮たラーメンが運ばれてきた。具はチャーシューとネギだけといたってシンプルだが、スープをひと口含んでみると、考えていたほど濃すぎることもなく、とても上品な仕上がりになっている。元来この長浜ラーメンは、地元の鮮魚市場の従業員や仲買人などが多忙な時間の合間に食を摂る際に、短時間で満腹になれるようにと始められたといい、ここから「替え玉」というシステムも生まれたのだとか。僕ももちろん替え玉を注文、行儀が悪いのは承知の上で、スープも最後の一滴までいただいてきた。ごちそうさま♪
 我々が店に入ってから食べ終わるまでの間も、ひっきりなしに客の出入りが続いていた「元祖長浜屋」、シンプル・イズ・ベストを体ごと表現している名門だと感じた。

 さて、本場の長浜ラーメンを心ゆくまで味わった僕は、そのまま一旦お店に戻って博多の腕自慢たちとオープン戦で勝負。が、さすがに朝が早かったこともあり半荘3回ほどで切り上げ、予約してあったすぐ近くのホテルに引き上げることにした。
 他にも食べたかったものは山ほどあったが、明日も朝からひと仕事(後述)してから熊本に向かわねばならない。音に聞こえた中洲のネオンを遠目に見ながら渋々ベッドに横たわると、ここまでやや強行軍だったこともあって、すぐに眠りに落ちてしまった。

 翌朝、ホテルをチェックアウトするや、僕は一目散に中洲へ向かった。月曜の朝から中洲に行って何しよるばい?と言われそうだが、目指す店は伝説の明太子「むかい」。この「むかい」は、今でこそポピュラーで定番になった無着色の明太子を初めて世に出した1950年創業という老舗で、今回の博多行きを知った先輩から、「明太子やったら絶対にここで買え」という指令を受けていたのだ。
 ところが、昔ながらの手堅い商売を尊ぶ職人気質を受け継いでいるせいか、派手なPRもしておらず、肝心の店がなかなか見つからない。周辺は夜になると数千、数万の灯りで不夜城のごとく華やぐ街が、通行人すらまばらな通りを汗だくになりながら行ったり来たりする。探し回ることおよそ15分、やった〜、ついに見つけた!確かに看板に「むかい」 と書いてある。記念にお店の写真を撮影(左)し、早速、事前に十分調査しておいた無着色中辛の明太子をクール便で手配して、ミッション無事遂行。
 ところで、その明太子の味だが、2日後に帰京し、ダイエットのために自宅では封印していたメシを炊いて食べてみたところ……あまりのウマさに茫然自失、いや、マジで大げさでなくそのウマさといったら、アンタ(以下省略)。僕の拙い文章などではその極上の味の素晴らしさがうまく伝わらないだろうから、まずはご自身で味わっていただきたい
 とにかく、これほどウマい明太子にはこれまでお目(お口?)にかかったことはない、ヤミつきになること必至のまさに「絶品中の絶品」であった。

ありがとう博多、僕はさらにを目指す

 伝説の明太子を注文するという最後のひと仕事を終えると、博多発の列車の出発時刻が迫っていることに気づいた。次の目的地は福岡の隣県である熊本。今回と同じ「ブルードラゴングループ」の熊本店の取材に訪れるためだ。ほどなく博多駅に到着して、しばし息をつく。
 これから乗車するのは鹿児島本線、11:30博多発鹿児島中央行きの「特急リレーつばめ43号」。熊本駅までおよそ1時間20分の旅程だ。九州新幹線は現在新八代・鹿児島中央間が運行(2004年3月22日開業)されており、この列車は新八代駅で新幹線のホームに入線(参考までに、新幹線と在来線の列車が同一ホームで乗り換えられるのは日本の鉄道ではこの新八代駅のみ)し、接続されて「新幹線つばめ」として鹿児島まで走るという。そのために「リレー」という名称がつけられているわけだ。
 しばらくするとプラットホームに列車が入ってきた。そして、ほどなく出発を告げるベルが鳴り響く。ありがとう、博多。わずか24時間の滞在だったのは残念でとても名残り惜しいけど、きっとまた来るから。うん、今度は寒い時節がエエかも。冬はやっぱり鍋。それまでに博多ならではの鍋料理を今からしっかりと調べておかねば……。
 ゆっくりと動き出した「リレーつばめ号」の車窓から遠ざかる街並みを眺めながら、僕は後ろ髪を引かれるように博多をあとにして、一路熊本へと向かうのだった。

(博多の巻 了)






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第1話
博多の巻
その1
その2
その3

第2話
熊本の巻
その1
その2
その3
その4

第3話
山口の巻
その1
その2
その3
その4