旅立ちの前に〜序文に代えて〜


 新しい世紀に突入して早くも数年が経った。恐らく1000年に一度しか使われることはないであろう「ミレニアム」という言葉も、今となっては懐かしい響きすらする。
 我々を取り巻く環境は日進月歩で激変し、もはや人は単なる便利さを当然与えられた既得権益のようにしか受け止められなくなってはいまいか。
 それでも、こんな時代にも日本特有の文化は、あちらこちらに今もしっかりと生きている。「美しい国」などと声高に強調しなくとも、今なお色褪せることなく、その美しさ、華やかさ、巧みさを脈々と受け継いでいるものがある。いささかも輝きを失うことのない伝統の強さと健気さが確かに存在している。
 そんな日本の持つ素晴らしさを再確認するべく、自称・三文紀行文士の麻雀ジャーナリスト・妙手回春が行く「麻雀・新日本紀行」――もしよかったら、僕と一緒に旅に出てみませんか?



博多の巻 〜その1〜


 数年前に発意してからずっと構想中だった「麻雀・新日本紀行」、その記念すべき一発目の訪問先として指定されたのは、九州最大の街・博多(福岡県福岡市)だった。
 実は、これまでに47都道府県の全てを“踏破”したと豪語する僕だが、その中には単に通過しただけに過ぎないところも少なからずあり、何を隠そう、博多もその一つだったのだ。
 快適な気候、陽気で親しみやすい県民性、そして何より食指が動いてやまない海の幸をはじめとした旨いモノの数々――こんな魅力的な土地をタイミングを逸しただけでただ通過してきたとは、紀行文士を名乗る者としては名折れのひと言に尽きる。
 そんなある日、2年ぶりに開催の運びとなった「麻雀最強戦」の読者大会が「ブルードラゴン福岡天神店」で行われると聞き、いても立ってもいられなくなった。「貧乏暇なし」を地でいくような毎日を送っている筆者にとって、九州への旅行、もとい、出張のチャンスなどそうそうあるものではない。
 そんな熱意?が通じ、博多行きのチケットを手にできた時のうれしさよ! まるで初めての修学旅行を目前に控えた小学生のように、出発の日を指折り数えて待つこと数日、ついにその日がやって来た。8月5日の早朝、僕はこうして東京発博多行き「のぞみ」号の車中の人となったのだった。

飛行機なんかもってのほか!

 東京から博多といえば、まず飛行機での移動がまず一般的だろう。プロ野球の福岡ソフトバンクホークスの選手にせよ、他のチームが博多に遠征する場合にせよ、わざわざ時間をかけて列車で移動する酔狂なマネはしないと思う。むろん多忙なビジネスマンの出張にしたって同じはずだ。疲れてしまって、試合や仕事どころではなくなるのが目に見えている。
  実際、2003年の統計を見ると、1年間に福岡空港を利用する旅客数は1800万人を超えており、これは羽田・成田に次いで全国でも3番目に多い数字となっている。やはり福岡は、地理的な条件もあって、飛行機が欠かせない都市なのである。
 が、紀行を楽しむとなると、事情は大いに異なる。ある土地を訪ねる際に欠かせないポイントというのは、決してその土地に関する情報だけではない。むしろ、そこへ至るまでの旅程やプロセス抜きには、その土地の真の姿を語り浮かび上がらせることはできない、これがホンモノの紀行文士のあり方なのだと自分に言い聞かせながら、発車直後から早速車窓からの風景を満喫する。
 もちろん、新幹線はとてつもなく速いし、窓の外の景色はあっという間に後方へ飛び去っていく。線路沿いには騒音防止の無粋なフェンスが果てしなく続き、トンネルの数もおびただしい。
 それでも、西へ西へとひた走る列車が運んでくれるのは、あたかもテレポーテンションのような飛行機がもたらす瞬間移動ではなく、目的地へ優しくいざなうかのごとき「旅情」というものである。そう、これはいわば学童の頃、遠足のたびにこしらえた「旅のしおり」そのものなのだ。

 大阪出身の僕にとって、東京から大阪までの風景は見慣れたもの。恐らくもう100往復近くはしているはずだ。なのに、富士山の威容には何回通過しても圧倒されるし、浜名湖はいつ見ても美しい。
 そうこうするうちに、心なしか懐かしい匂いを感じ始めた頃、列車は新大阪駅をあとにして、さらに速度を上げて山陽道を突っ走る。東海道新幹線に比べて山陽新幹線は直線部分が非常に多く、気がつけばもう広島だ。改めてその速さに驚いているうちに、慣れない早起きが祟ったのか、不覚にも睡魔に襲われる。しかも、不運なことに山陽新幹線はその数もさることながら非常に長いトンネルが多いため車窓を楽しむこともままならず、慌てて持参してきた任天堂DSのゲームに興じるが、とうとう(うとうと?)アウト。ふと気がついてみると、列車はすでに新関門トンネルを通過して、終点の博多駅に滑り込む直前だった。今になって寝不足を恨んでもみても遅いが、ちょっぴり欲求不満の博多到着となった。

まさか誤植…? 「親孝」って何やねん!?

 博多駅の改札を出るや、すぐに会場の「ブルードラゴン」に向かうべく、地下鉄に乗り換える。お店があるのは「天神」、福岡一のオフィス街かつ繁華街で商業施設も多く、九州経済の中心地である。
 ところでこれは余談だが、地下鉄の車中では非常に興味深いものを発見した。それぞれの駅にその土地柄を表した「シンボルマーク」がついており、そのどれもが実にセンス溢れるデザインなのだ(写真右)。 例を挙げると、「博多駅」は有名な「博多献上模様」を表したマークだし、「祇園駅」は祇園山笠で着用されるハッピを、「赤坂駅」は平和台陸上競技場があることからアスリートをそれぞれあしらっている。
 何でも、福岡の地下鉄はどの駅もその構造やデザインに共通した部分が多く、特徴といったものがないために、それぞれの駅の個性を強調するために制定されたとのこと。ちなみに、マークをデザインしたのは博多出身の童画家である故・西島伊三雄雅幸(グラフィックデザイナー)親子である。
 このシャレたシンボルマーク、ぜひとも他の都市の地下鉄も模倣して採り入れてもらいたいものだと感じた。利用客から公募するという方法もあるだろうし、市民の公共交通機関への親しみも増すに違いないのではないだろうか。

 さて話は戻って、天神駅で下車してからは、目指すは「親不孝通り」。1970年代、地元大手の大学受験予備校が立ち並び、多くの予備校生たちがこの通りを通っていたことから命名された通りで、若者の街としてその名は全国的にも知られるようになった。それにしても、たかが大学浪人(一浪と書いて「ひとなみ」と読むというのはもはや“死語”系?)で「親不孝」とは、当時の受験戦争の悲哀が感じられるネーミングではないか。ただ、個人的には「なかなかセンスええやんか」が僕の本音だ。
 ところが、その「親不孝通り」に到着し、記念にとカメラを回した直後に「???」と気づいた。ありゃ、親不孝の「不」が「富」になっているではないか! もちろん見間違いなどではない。証拠としてその模様を動画に収めたので、ご参照いただきたい(この動画の最後に写っているのが「ブルードラゴン福岡天神店」の入居しているビルの入り口付近)。
 どうにも不可解なので、今回の博多出張でお世話になった同店の店長であるジラフ中村プロ(日本プロ麻雀連盟九州支部長)にその訳を尋ねてみる。すると、ジラフ中村プロいわく、「親不孝」というネーミングは犯罪が横行する場所のようでやはりイメージ的に悪く、「天神よろず町通り」というほとんど定着しなかった改名(正式名称はこちらとのこと)を経て、「おやふこう」の音だけを残して「不」の代わりに縁起のいい「富」の字を当てて「親富孝通り」としたのだとか。
 ただ、現地には未だに「親不孝」と記された表示や掲示物はいくつもあって、こちらもまだまだ定着はしていない印象を受けた。やはりこういうのは、一度根づくとあとから力ずくで変えようとしてもそうそう成功するものじゃないような気がする。モノの呼称や地名というものは、人の名前と一緒で「人格」が宿っているものではないだろうか。「親不幸通り」――シャレた名前だと思うけどなぁ。


(その2につづく)






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第1話
博多の巻
その1
その2
その3

第2話
熊本の巻
その1
その2
その3
その4

第3話
山口の巻
その1
その2
その3
その4